KIRIN

アラフィフの恋バナ中心

続、、

 

 

前回のお題の、、

生きていくということの続きです、、

 

 

しっかり頭の中で整理出来たわけじゃないので、、

また支離滅裂になったら途中でまたやめます苦笑

 

 

旦那さんを亡くした私にとって、、

旦那さんのことは別枠の中にいる感じ、、

新しく出会う人と比べるものでもなく、、

終わったことでもなく、、

旦那さんは旦那さん、、

そんな感じなんですが、、

 

 

生きているとそれも違う気がすること、とき、がある、、

 

 

亡くなった旦那さんを深く重く置き過ぎてしまうことは、、

前に進めていないのではないかと、、

決して深く重く置き過ぎていないとしても、、

頭や心の中にいることは、、

生きているとチラッと出てくることがよくあるということ、、

 

 

今の私、死別8年目の私は、、

毎日思い出すし毎日出てくる、、

それはもう私にとって日常化なんだろう、、

 

 

この事を自分の意思で変えることが出来るのか?と考えると、、

なかなか難しいのが現実なんですよね、、

 

 

新たな出会いを求めた私、、

新たな出会いがあった私、、

 

 

だから、生きていくということでは、、

私は矛盾しまくっているんじゃないかと、、

頭と心がごちゃごちゃになる、、

 

 

死別と離別、、

この2つは全く別物なんだろう、、

 

 

死別の私に離別はわからないし、、

離別の人に死別はわからないものだと思う、、

 

 

だから、、

軽々しく互いに踏み込んではいけないものがあると思っている、、

 

 

そこの理解が重要なんじゃないかと、、

すごく思ってて、、

 

 

我を振り返る、、

 

 

生きていくということ、、

 

 

いろんな人と出会ってきた人生、、

子どもの頃、学生時代、職場、住む場所、我が子関連の人たち、、

他にもいろんな人と出会ってきた、、

 

 

それぞれの人生があって、、

それはその人のもので否定するものではないと思っている、、

たとえそれが自分とズレていても、、

 

 

生きていくということ、、

受け入れるということは難しいことかもしれない、、

同じ経験をしたわけでもないし、、

その立場にならないとわからないから、、

 

 

私はね、、

今は亡き旦那さんをやっぱり想って生きていきたい、、

今の私があるのは旦那さんのおかげ、、

2人の息子がいるのも旦那さんがいたから、、

 

 

拘りすぎるのは良くないのかもしれないけど、、

うん、、

やっぱり私が生きていくということは、、

前を向いていくけど、、

過去を振り返ることも必要だな、、

 

 

時々ね、、

旦那さんを忘れないことが前に進めていないんじゃないかと、、

それはダメなんじゃないのかって感じるんです、、

 

 

でも違うね、、

 

 

生きていくっていうことは、、

今までの私も大事にしなきゃって思うようになった、、

だから今までのまま、旦那さんのことは私の中で大事に想っていきたい、、

 

 

わざわざ人に話すことじゃない、、

自分が大事にしていけばいい、、

そうやって生きていく、、